大雪山~トムラウシ山 遥かなる大地をゆく(その1)
遠い昔まだ美瑛が木造の駅舎だった頃、雪が舞う中初めて訪れた美瑛駅の前に立った
そのあと国立大雪青年の家に宿泊して今は廃止された十勝岳スキー場でスキーを楽しんだ思い出がある
あれから長い時を経て再びこの地を訪れる覚悟を決めたのは、今年の春の事だった
大雪山系の地図を机に広げて見ると、大雪山からトムラウシ山までは全長50kmを超える長距離ルート
些か不安にならざるを得ない
とにかく広いし身を隠す林もなく、縦走中に天候が安定している保証もない
だから予備日を入れて最低3泊は必要だろうと思われた
しかしこんな不安も行動を起こす障害にはならなかった
次第に強くなる遥かなる大地への思いを胸に、歩くなら今しかないと思ったからだ
気が付けば大雪山からトムラウシ山までを3泊4日で縦走する計画を立てていた
本当はトムラウシのあと十勝岳や富良野岳まで一気に縦走したい気持ちもあったが
今の自分にはリスクが高すぎる
この為、縦走後は一旦下山して吹上温泉をベースに十勝岳、富良野岳を登りたいと考えた
実際、縦走中に得た天気予報によれば最終日の悪天が予想された為、1日前倒しして歩くことになった
遥か彼方まで見える限りの長い道程に人の姿はほとんどなく、残雪とお花畑の路をたった一人で歩き続けた
まるでこの世のものではない世界、今までに経験したことがない不思議なそして素晴らしい体験だった
運よく晴天の間に縦走を終えたあとは、上富良野から吹上温泉へと向かい、そこをベースに十勝岳や富良野岳を登る事ができた
思い出深い十勝岳には昔あったはずのリフトは既に無く、噴煙を上げる荒々しい山路が続いていて大雪山とは正反対の雰囲気を味わった
小雨が降っていたので美瑛岳への縦走は叶わず残念だった
翌日、上富良野岳から富良野岳を縦走した時、山頂付近で出会ったお花畑は筆舌に尽くしがたいほどの素晴らしさだった
またベースにした吹上温泉では旧吹上温泉の素晴らしい天然露天風呂にも入る事が出来たし、各地から集まった多くの登山者や地元の人との出会いもあり、楽しいひと時を過ごす事ができた
こんな素晴らしい山行をさせてくれた北海道の山の神様に心から感謝しなければならない
<大まかな行程>
7月7日 : 羽田→旭川空港→旭岳登山口(いで湯号)、旭岳ロープウエイ姿見駅~旭岳~北海岳~白雲岳避難小屋(泊)
7月8日 : 白雲岳避難小屋~忠別岳~五色岳~化雲岳~ヒサゴ沼~トムラウシ山~ヒサゴ沼(泊)
7月9日 : ヒサゴ沼~化雲岳~第一公園~天人峡温泉(泊)
7月10日: 天人峡→旭川駅(送迎バス)→上富良野駅(JR)→吹上温泉(バス)(泊)(食料調達&移動日)
7月11日: 吹上温泉登山口~十勝岳往復
7月12日: 吹上温泉→十勝岳温泉登山口(バス)~上富良野岳~富良野岳~登山口→吹上温泉(バス)
7月13日: 吹上温泉→上富良野駅→旭川駅(JR)→札幌(高速バス)→新千歳空港(JR)→羽田
大雪山~トムラウシ山 遥かなる大地をゆく(その1)は、
初日旭川空港を出発し、大雪山から白雲岳避難小屋を経てヒサゴ沼に到着するまでの話である
私の当初計画では初日に登山口となる旭岳温泉で1泊し、次の日の早朝から登山を開始する予定だったが、万が一前半より後半に天気が崩れる場合など、可能な限り前倒ししたい場合に備えて初日に白雲岳避難小屋まで入る事も考慮した。
この為、朝一の飛行機で旭川空港へ到着後、1便のバス「いで湯号」で旭岳登山口まで行き、全日予報が良ければ登山口のテント場で前泊、前倒ししたい場合には即縦走を開始して白雲岳避難小屋まで行く計画だった。
出発1週間前から気になる北海道の気象予報を毎日チェックしていたところ、どうも後半になればなるほど天気は悪くなる事が分かり、前倒し案を覚悟の上出発した。
各宿泊場所には小屋もあったが、急な天候悪化によるビバークや小屋が満杯の場合も想定してテント泊装備が基本である。
事前に旭岳ビジターセンターへ問い合わせたところ今年は本州とは反対に雪が多かった為、この時期はまだ残雪も多く場所によってアイゼンも必要で縦走なら道迷いもあるので十分注意して欲しいとの回答だった。
この為、アイゼンやエキノコックスへの対応として事前購入したSAWYERのフィルター、携帯トイレ、悪天時の予備を含んだ食料なども装備として含めた為、水2.5Lを含めた総重量は約18Kgとかなり重くなった。
無事旭川空港に到着、快晴で外の気温は20度と涼しくて気持ちが良かった。
預けた荷物を受け取り、空港内の総合案内所に予め予約しておいたガスカートリッジを購入した。
この時期はまだ登山者も少なくガスカートリッジは予約なしでも購入可能な感じだったが、混んでいる時期には予約した方がベターだろう。
予定通り10時5分発の「いで湯号」に乗ると、11時前には旭岳のロープウエイ乗り場に着いた。
旭岳ロープウエイに乗ると凡そ10分で標高1600mの姿見駅に到着した。
目の前にはもうもうと白煙を上げる旭岳が聳え立っていた。晴れて空は青く、最高の登山日よりだ。
重い荷物を背負ってゆっくり歩き始めると、足元には早速色とりどりの花が出迎えてくれた。
姿見ノ池はまだ雪と氷で半分以上埋まっていて沼に映る旭岳の姿は見れなかった。
険しい、がれた登山道が続く
登山客の中には何人か縦走装備の人も混じっているが、比較的少ない。
登山者が遠くに見えるトムラウシの方向をじっと見つめていた。
明日以降、一緒に歩く同士なのかも知れない。
振り返れば眼下には姿見駅や沼ノ平、遠くには忠別湖や旭川方面まで見渡せた。
喘ぎながら9合目あたりまで登ってくると、四角い大きな岩(にせ金庫岩)の所で大きく曲がる。
遂に北海道最高峰、旭岳に登頂した。ベンチには外人さんがスニーカー姿で座っていた。
旭岳の東側には大きな雪渓が残っていて、ここをひたすら下って左側に見える荒井岳へ登り返す。
残雪と岩ばかりのガレた道だが、そこここにはしっかり高山植物が咲いていて飽きない。
御鉢平が見渡せるところまできた、向こう側に見えるのは北鎮岳か。この辺りは雪渓が沢山残っている。
この辺りまで来るとまったく人に会わなかった。
北海岳に到着、ここで漸く休んでいた人に遭遇、黒岳から旭岳まで縦走中だそうだ。
旭岳から来たと言うと雪渓の様子を聞かれたので、雪は緩くノーアイゼンでも大丈夫な事を伝えた。
たまに会う登山者からの話は最も信頼できる重要な情報である。
小さな花が沢山咲く岡の向こうには白雲岳と思われる山が見えてきた。
この辺りは沢山の花が咲き乱れていて綺麗だった。
暫く進むと白雲岳への分岐が現れた。残念ながら今回は白雲岳に登る時間はないのでスルーする。
白雲岳の左側からはトムラウシ方面が見え始めた。この辺りからは大きな雪渓のトラバースが続いた。
雪渓の向こうに白雲岳避難小屋が見えた。もう直ぐ今夜の宿泊先に到着出来ると分かるとホットした気持ちになる。
白雲岳避難小屋とテント場、遠くに横たわる大きな尾根は天人峡への尾根、更に遠方にはトムラウシの姿がはっきり見える。
何とか17時ころに到着出来てほっとした。
テント場には何張かテントが張られていたが目の前まで迫る雪渓によってテント場は泥沼状態だった。
小屋番の人に確認したところ今夜は空いているとの事だったので、小屋の2階に泊めて貰う事にした。
大きな小屋には何組かのグループと数名の単独行の人が居たが1m間隔で寝るスペースが確保できて快適だった。
小屋のすぐ脇に雪解け水の水場があり、早速明日の水をフィルターを通して確保した。
周辺の様子をビデオ撮影してみた
夕方、外へ出てみると、小旭岳の向こうが夕焼けで赤くなっていて綺麗だった。
思えば今朝、神奈川から出発したばかりなのに、今北海道の山奥で夕焼けを見ているのが不思議な気がした。
遥か彼方には夕日に染まるトムラウシが見えて、明日からの長い道程に思いを馳せた。
小屋に戻ると適度な疲れと共に睡魔が襲ってきて知らない内に寝てしまった。
翌朝起きて外に出ると今日も快晴で気持ちがいい。小屋の上の空が青くて綺麗だった。
今日は長旅だから早めに食事を済ませて支度を整える。小屋泊なので準備にそれ程時間はかからない。
小屋の前には緑岳方面や銀泉台方面への分岐があるが、私はまっすぐ南へ延びる忠別方面へと向かう。
何とも嫋やかなゆったりした岡の様なトレイルが延々と伸びていた。
東側を見ると谷間が雲海で埋め尽くされていた。遥か彼方に雲海から顔を出す高山が見える。
ここは平らに見えるが標高1700m程もある高山の尾根である事を思い出した。
大雪高原温泉への分岐。ヒグマ要注意のため閉鎖されているはずだが注意書きは見えなかった。
この辺りにも沢山の花が咲いていた。
7時47分、忠別岳に登頂。予定より約1時間ほど早く到着できた。
遠方に見える広大な尾根は天人峡へのルートである。残雪が色々な形の模様になっていて綺麗だ。
携帯で天気予報を確認すると、明日は晴れのち曇りだが明後日は大きな雨マークが付いて風も強くなる予報だった。
計画では今日はヒサゴ沼にテント泊し、明日トムラウシ往復、明後日に天人峡へ下山の予定である。
普通なら下山日に雨が降っても大したことは無いが、この辺りは下山だけでも6,7時間はかかるし風が吹くと侮れない。
この時点で日程を一日前倒しする方策を考え始めたが無理は禁物である。
明日トムラウシに登った足で新得側のトムラウシ温泉へ下山してしまうか、天人峡側へ下山してしまう案、
今日中にトムラウシを往復してヒサゴ沼に戻る案、明後日1日ヒサゴ沼で停滞する案などを思いついたが停滞案は更に天候悪化の為NGだろう。
取り敢えずヒサゴ沼に着いた時刻によって対応を決める事にした。
北の方角には大きくどっしりとして美しい山並みの大雪山が見えた。
忠別岳に咲くエゾノハクサンイチゲとミヤマキンバイの群落の向こうにはトムラウシ山が顔を出していた。
忠別岳の斜面にはエゾノハクサンイチゲの大群落が広がっている。
忠別岳を下り始めると忠別避難小屋への分岐があった。
眼下に見えた忠別岳避難小屋。実際には分からないが遠目には綺麗な小屋に見えた。
かなり下ってきたあと忠別岳を振り返ると北側から見た時より結構大きな山に見えた。
ハイマツを抜けると化雲岳へ伸びる木道が現れた。周りにはホソバノウップルソウが沢山咲いていた。
木道周辺にはエゾノハクサンイチゲ、チングルマやエゾコザクラなどの群落があった。
もう少し先の7月半ば頃になると更にすごい群落となるだろう。
沢山の花々と青く輝く池糖の中を進んだ。この辺りが神遊びの庭と言われる場所だろうか。
化雲岳への分岐。帰りにも通る予定だが晴れている内にと化雲岳へ立ち寄る事にした。
眼下に先程通ってきた池糖と木道の道が見えた。美しい景色だった。
木道は次第に大きな雪渓に覆われて見えなくなり、雪渓を下り始めると眼下にヒサゴ沼が見え始めた。
ヒサゴ沼避難小屋の手前には一張のテントがあった。テントには北海道大学の文字が書かれているが、人の気配はなかった。
テント場には他にテントは無く、一番張り易そうな場所にテントを張った。
ここは素晴らしいロケーションなのに何て贅沢な事だろう。
かなり疲れてはいたが、何と時刻はまだ12時前だった。
これならサブザックに雨具や行動食と水を持ってトムラウシ山を往復可能だろう。
コースタイムは6時間程だから夕方6時までには戻る事が出来るし、第一こんな晴天の日に登頂出来る事自体幸運な事なのだ。
急いでサブザックに荷物を詰めこんで出発の準備をした。
これなら明日一日前倒しして下山を開始出来そうだ!
準備を完了すると、稜線から沼にかけて残った大きな雪渓の急斜面を登り始めたのだった。
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