2017年8月18日 ピーターラビットの作家、ベアトリクス・ポターゆかりの地を訪ねて

ベアトリクス・ポターがしばしば訪れた美しいモス・エクルズ・ターン

8月に約2週間かけて車で英国を縦断する旅行に行った。

始めにエジンバラへ着いてミリタリータトゥーやスコットランドの歴史的な建造物などを数日訪ねたあと、レンタカーを借りてイングランドの西海岸側の観光地であるバドリアヌスの城壁や湖水地方、コッツウォルズ、オックスフォードを経てロンドンまで南下する長い旅となった。

私は今までに仕事で何度かロンドンに訪れていたが、今回の旅行で英国に対する印象は良い意味で大きく変わってしまった。日本と同じ島国だが対照的にあまり高い山はなく、美しい丘の様な風景が続いていてとても自然が豊かな印象なのだ。歴史がある古い建物が多い事は他のヨーロッパの国々と同様だが、コッツウォルズのハニーストーンの様な美しい石で統一された家並みはイギリス独特のものであり本当に美しい。そして最も驚いたのは食べ物の旨さだった、特に海産物がとても美味しく今までのロンドンで食べた食事は何だったんだろうと思った。

又、ロンドンではロンドン博物館の見学や憧れのウインブルドンのセンターコートを訪れたこと等、思い出に残る旅行となった。

今回は、この旅行の中で最も印象深いベアトリクス・ポターのゆかりの地を訪ねて歩いた湖水地方の話を2つ書き残しておくことにした。

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ヘレン・ベアトリクス・ポター(Helen Beatrix Potter)。

あの絵本「ピーターラビットのおはなし(The Tale of Peter Rabbit)」を書いた作家である。

私は有名なピーターラビットを書いた作家が昔のイギリスの女性だという事くらいは知ってはいたが、具体的な事については殆ど何も知らなかった。

今回細君がイギリス旅行を計画し、ポターが晩年に暮らした湖水地方にある2階建ての家を訪れることが決まってから初めて映画「Miss Potter」を見てみた。

映画にはこの物語が生まれた背景と共に、彼女の恋愛や人生そのものが彼女の愛した湖水地方の美しい自然と共に描かれていた。

彼女の作品を深く理解して本の出版にも貢献した婚約者のノーマンの突然の死後、裕福なロンドンの生活を捨てて湖水地方にあるヒルトップ・ハウスに住まいを構え、農場の経営やこの地の景観保護の運動に取り組みながら創作活動を続けるくだりは感動的で強く印象に残った。

20世紀初頭という時代に一人の女性が出版の利益があったとは言え、この周辺の土地を買い占めて景観を保護するという行為自体、余程強靭な意思が無ければできない事だったであろう。

しかし、その頃彼女が描いたピーターラビットの話に出てくる楽しいキャラクターたちの絵は、そんな鉄の様な強い意志を持った女性の印象とは全く対照的な優しさに溢れているのである。

映画を見終わった頃には、ピーターラビットがすぐそこに隠れていてもおかしくない様なこの地を、自分でも歩いて見たくなっていた。

ところが実際にヒルトップを訪れてみると、彼女の暮らした家や当地の風景が今でもそのままに近いかたちで残っている事が分かった。そこで私たちは、きっとポターも歩いたであろうと思われる周辺の小道を散策して見る事にした。

最初の話は、このヒルトップの見学とここから始まる小道を散策した時のものである。

東のエジンバラから出発し、西海岸沿いを南下して湖水地方に入ると景色は変わり、その名が示すように多くの湖が点在する山岳地帯の様相を呈してきた。道の両側には山の斜面を利用した牧草地が続き、沢山の羊の群れが目立った。

我々はこの地方で最も大きなウインダミア湖の北端にあるアンプルサイドという町に宿泊していた。

イタリアレストランの上にある宿の屋根裏部屋からはアンプルサイドの町の屋根と山並みが見えた。

この地に入ってから生憎の天気が続いていたが、宿からヒルトップがあるニアソーリーの村までは10Km程しかない。

ウインダミア湖の西側にあるB5286号線を南下すると、やがてホークスヘッドという町に出た。そこからB5285号線に入ると美しいエスウエイト湖が見えてきたが、湖畔に降りる道を探すうちに目的地ニアソーリーに着いてしまった。

かろうじて空いていた駐車場に車を止めると、奥にナショナルトラストの建物があり既に人の列が出来ていた。それでも直ぐにチケットを購入すると、チケットの裏側にはヒルトップの建物への入場時間が記載されていた。

駐車場からヒルトップまで50m程の道を歩くと、綺麗な花々に覆われた建物が目についた。

家の前の椅子には人形が座っている。ここは実はB&Bの様だ。

この家を通り過ぎると直ぐにヒルトップの入り口があった。

入口を入ると小道が建物まで続いていて両側には沢山の花が咲いていた。

 

日本にもある花と初めて見る花もあって、見ているだけで楽しい。

ポターが自ら設計、施工したという庭園を通り抜けた先に建物があった。

入場時間までは建物の前で待たなければならないらしい。

家の前には小さな畑があって色々な野菜が育っていた。この野菜を目当てに絵本に登場するウサギやネズミたちが隠れていそうな感じがする。

畑の横には牧草地の様な所があって周囲に植えられていた木にはリンゴに似た果物が生っていた。

入場時間が来ていよいよ建物に入れる。どんな生活をしていたのか興味津々で入場した。

居間入るとイギリスらしい立派な食器棚と食器が並んでいた。実際に使われていた食器だろうか。

この時計は同じ時代の日本の時計と比べてもとてもコンパクトに出来ていてスマートな気品を感じた。

窓から入る優しい光に照らされた木の家具が美しい。当時の恵まれた暮らしが想像される。

2階への階段窓に飾られていた像。窓の外側にはジマイマの森へと続く景色が見える。

2階の窓辺には数点の画と絵本が展示されていた。この窓辺に座って本を読む姿が目に浮かぶ。

この窓は比較的大きいが建物全体には窓が少ない気がした。家具を傷めない為なのかそれともこの地の厳しい気候を配慮したものなのだろうか。

この美しい机からあの作品が沢山生まれたのだろう。

イギリスの人たちはとても大きい人が目立つがこのベットは意外に短かった。ポターは小柄な人だった様だ。

ポターの集めたコレクションが収納された小さな部屋には、物語に登場する小さなフィギュアたちが展示されている。

その精密さに驚かされた。

各部屋にはポターが書いたらしい沢山の絵が飾られていた。この絵も何処かで見た覚えがあるのだが。

小さなクラビーアが展示されていた。いや、ひょっとしてオルガンかも知れない。

今回、イギリスで見学した多くの家でも時代の差こそあれ同じような楽器が多く展示されていた、ある程度の階級層での事だろうが音楽の文化が広く浸透していた事が感じられる。

外に出るとニアソーリーの集落の中の道が左側の岡の上まで続いているのが見えたので、この道を辿ってみる事にした。

登り始めると丘の上で馬が一頭草を食んでいる。

イギリスのあちこちで見かけるフットパスのゲート。ここがフットパスであればマナーを守れば誰でも通行しても良いというルールなのだ。

振り返るとニアソーリーの家々が見える。

こちら側には石の壁に仕切られた美しい牧草地帯が広がる。

遠くの丘の中腹には大きなお屋敷が立っていて如何にもイギリスらしい風景である。

羊が頻りに草を食べていた。所どころ道には水たまりがあって油断できない。

道を小川が横断しているので、石の上を渡った。

誰も居ないフットパスをあてもなく歩いていると、向こうからやってきたハイカーがこの先に小さな湖があり、とても綺麗だがその先に進むともう一つ湖があってその美しさは格別だったと言う。

それを聞いて、この先の二つ目の湖まで行ってみる事にした。

だんだん丘の頂点に近づく。向こう側には何があるんだろうと期待しながら登った。

丘を過ぎると小さな湖が現れた(末尾の地図の①のポイント)。

後で調べたところ、静かなこの湖はモス・エクルズ・ターンと言われるポターの後の夫ウィリアム・ヒーリスが度々釣りに訪れた場所らしい。

小道を更に進んで振り返ると美しい小さな湖全体が俯瞰できた。

更に続く丘を登った。あの木の向こう側に二つ目の湖があるのだろうか。

ポターの遺言により彼女の遺骨はニアソーリーの丘に散骨されたとのこと。

連続する小さな丘の何処かで昔と変わらぬこの風景を見ているのかも知れない。

期待通り、そこには更に美しい湖が現れた。地図によればWise Een Tarnという名前らしい(末尾の地図の②のポイント)。

遠くに居るのは湖を近くで見ようとする私を細君が撮影したものである。

沼地の様になっていたので、これ以上近づけなかったが遠くに小さな小屋が見え、周囲には馬か牛が放牧されている様だ。

この道を更に行けば牧場か村落があるのかも知れない。

二つ目の綺麗な風景が見られて満足したので帰路についた。

戻る途中、向こうから結構本格的なトレッキング姿の二人ずれが歩いてきた。

更に進むと犬を連れた老夫婦が散歩している。地元の人か犬を連れて旅行に来た人だろう。

石を積んだ壁の縁を進む。

暫くするとニアソーリーの村が見えてきた。往復で約1時間半位の楽しいハイキングだった。

ヒルトップ周辺の後、立寄ったホークスヘッドにあるビアトリクス・ポター・ギャラリー。

ホークスヘッドにあったレストランで食事をした。

食べたのはマッスル料理、とても美味しい。

そう言えばこの町は山の中だが、ここは海まで30Kmほどの場所だった。

この散策では、ポターが残した絵本や住居、そして何よりこの地の自然が彼女の意思を受け継いで今でも昔のままの姿で残されているのを肌で感じる事ができた。

これから先この地を再び訪れる機会があるかどうかは分からないが、出来れば今後もずっと変わらず残っていて欲しいと思う。

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<今回歩いたルート>

赤い線は今回歩いたルートのGPSデータをGoogle Earth上に記載したもの。