黒部源流を巡る旅(第1話) 大宮→太郎平小屋
2011年7月30日~8月3日 黒部源流を巡る旅(第1話) 大宮→太郎平小屋
雨の中 折立から太郎平へ
昨年夏、裏銀座縦走中にとても印象に残った景色があった
それはでっかく雄大な黒部五郎岳、そして広大で大らかな美しさを持った雲ノ平だった
これらの景色に魅せられて来年こそはあそこを歩いてみたいと思い黒部源流を一巡する山旅を計画したのだった
文字通り祖父岳の麓にある「黒部川水源地の標柱」を中心として黒部川へと流れ込む沢は数え切れないほど沢山あるが、今回は富山県の折立を起点としてこれらの源流域を左回りに回ってみる事にした
訪れたのは黒部五郎岳のカールから流れ出る沢、三俣蓮華、鷲羽岳、祖父岳から流れ出る沢、岩苔乗越を越えて水晶岳、赤牛岳から高天原方面への流れ、祖父岳北部から雲ノ平方面への流れと薬師岳から流れ込む薬師沢などを4泊5日で巡ったのである
5日間で山頂を踏んだのは北ノ俣岳と黒部五郎岳のみで、あとは谷筋や峠越えばかりという非常に珍しい山行であったが、北アルプスの著名な山々から流れ出る水を味わい、高天原高原の温泉沢の秘湯に浸かり、静かな谷筋の遡上で出合った多くの高山植物や美しい雲ノ平でのテント泊など、多彩な楽しみに満ちた思い出に残る山旅となった
ここはとてもアプローチの悪い山域だが、苦労して辿り着けば他では味わえない安らぎを感じる優しいひと時が待っていた
長旅であることも考慮して早出早着を徹底したお蔭で、その日の目的地に到着した後はのんびりと山との語らいが出来た
思い出すたびに優しい気持ちになれる様な気がする旅だった
残念ながら天候には恵まれず、毎日午後には厚い雲が出始めて遠くの山は見えなかったし、夕方の激しい雷雨など、久々に自然の厳しさを実感させられた
目まぐるしい天候の変化にはかなり悩まされたが、結果的にはほぼ計画通り全ルートを歩き通す事が出来たことは本当に幸運だった
ただ当初の予定ではテント泊4日、小屋泊1日だったのだが、雷雨などの悪天候の為テント泊が1泊のみとなってしまった事は少し心残りだった
心残りと言えば、出発の直前に福島の親戚で、長く闘病生活をしていたTさんから初めて神奈川に来訪するとの連絡が来ていたのだが、Tさんとは2ヶ月前ほど前に福島で会ったばかりだったし、何ヶ月もかけて計画したこの山行を延ばしたくないとの理由で出発してきてしまった事だ
出発の日からずっとこの事が心に引っかかったまま、遂に出かけてしまったのだった
<今回のルートと時間>
【7/30(土)】 1日目 : 大宮→太郎平小屋
関越的場バス乗場(23:50)=高速バス=富山駅(5:30)=電鉄富山(5:44)=有峰口(6:19着)=バス(6:30発)=折立(7:35,8:00)-三角点(9:40,9:50)-太郎平小屋(12:05) 泊
【7/31(日)】 2日目 : 太郎平小屋→黒部五郎小舎
太郎平小屋(5:00)-北ノ俣岳(7:05)-赤木岳-黒部五郎岳肩(10:25)-黒部五郎岳往復-黒部五郎小舎(13:40) 泊
【8/1(月)】 3日目 : 黒部五郎小舎→高天原山荘
黒部五郎小舎(5:30)-三俣蓮華岳分岐(6:55)-三俣山荘(8:10,8:20)-黒部川水源地標(9:05)-岩苔乗越(10:35,10:45)-水晶池分岐(12:23)-水晶池往復(10min)-高天原山荘(13:25)←→高天原温泉往復(着替えとビール持参) 泊
【8/2(火)】 4日目 : 高天原山荘→雲ノ平キャンプ場
高天原山荘(5:15)-竜昇池(5:40,5:50)-高天原温泉入浴(6:15)-高天原山荘(6:40)-高天原峠(7:55)-森の道内-奥スイス庭園(9:13)-電波塔(9:40)-雲ノ平山荘(10:25,10:45)-雲ノ平キャンプ場(11:15) 泊
【8/3(水)】 5日目 : 雲ノ平キャンプ場→折立
雲ノ平キャンプ場(3:30)-雲ノ平山荘(4:00)-奥日本庭園(4:35)-アラスカ庭園(4:48)-薬師沢小屋(6:30,6:40)-太郎平小屋(8:50)-折立(10:45)直行バス(12:30)=JR富山駅(14:30)集中雷雨によりJR長岡経由、新潟新幹線で大宮に帰還
【7/30(土)】 : 雨のち曇り 夜半に雷雨
梅雨が明けて絶好の夏山日和が続いていたのに月末に近づくと本州の真ん中を横断する様に前線が停滞して新潟や福島に連日大雨を降らせていた
富山県の天気予報では7/30は雨だが翌日から曇り、晴れへと回復傾向となっていた
登山口である折立を朝一で出発したかったので7/29の夜行バスを予約していたが、30日の雨を避けて1日延期しようと悩んでいた
しかしバスは翌日も翌々日も予約が一杯で取れなかったし、車で向かうと帰りは疲れた体で長時間の運転を余儀なくされる
思案しているうちに今度は台風9号が発生してしまい、早ければ8月3日か4日あたりから本州の天気に影響が出そうな経路だったからあまり悠長にしてもいられない
結局、29日に仕事を終えると雨の中を予め準備していた荷物を背負って大宮を出発する事にした
バスで現地に行き雨の様子を見てみる事にしたのだ
最悪の場合は取りやめも考え、待てば良い事が分かれば1日程度富山で美味しい魚でも食べて待つ覚悟でいた
高速バスの乗り場には数人の人が各地へと向かうバスを待っていた
登山者は自分だけだ。新潟に向かう人は途中で土砂崩れがあったとの情報を聞き心配していたがどうなっただろうか
予定より10分遅れで到着した富山行きのバスはすでにほぼ満席だった
雨だと言うのに3台増便されたバスは全て満席だと聞いて驚く
長距離夜行バスは3列分離シートが主流となり、上手く使えば電車に比べて半額程度だし朝一から活動できる時間的なメリットも選択される理由だろう
早朝5時半富山駅前に到着すると、雨は止んでいた
到着したバスからは里帰りの人や旅行者と思われる人たちに混じって数名の登山客も降りてきた
テント装備に5日分の食料で約20Kgの荷物を背負うと肩にずっしりと重みを感じたが、ゆっくり考えている暇も無く彼らと一緒に電鉄富山駅に向かって歩いていた
まあ時間はたっぷりあるし、無駄になったとしても折立まで行ってみる事にしようと思ったのだ
電鉄富山駅 懐かしい感じのする車両
電鉄富山の味のある車両に乗り込むと十数名の登山客に混じって学生の姿が見えた
土曜日なのに早朝から学校に通うのだろうか
電車に45分ほど揺られて眠くなった頃、有峰口という駅に到着した
ここから折立方面へのバスに乗り換える
バスは有峰湖畔に沿って急斜面の山道を登っていく、湖畔から更に登ると次第に雨が落ちてきた。約1時間で登山口の折立に到着した。登山口には立派な休憩所やトイレが立っていて、中では雨具の準備や荷物の詰め直し、水の補給などをする人々でごった返していた。小雨は降っていたが、風が全く無いのを見て決断した、明日からの天候回復を信じて登る準備を始めたのだった。
折立の登山口 水は出るが飲用ではないので自販機で買った方がベター
雨はさほど気にならなかったし登山道は普通の山道だったが、かなりの急坂なうえ装備の重さで中々ピッチがあがらない
それでも呼吸と歩調を合わせてゆっくり30分程歩くと段々自分のペースが掴める様になった
回りには花はないし景色も見えないので黙々と歩くしかない
じっと我慢して1時間半ほど急登すると傾斜は一旦緩やかになった
雨で視界は狭いが周りの斜面には盛りを過ぎたニッコウキスゲの群落が見えて萎える気持ちを和ませてくれた
ニッコウキスゲ 雨で展望なし
幾つかのパーティーに道を譲りながら自分のペースを貫いて歩いている内に、関西から来たというご夫婦と同じピッチで歩いている事に気付いた
奥さんは苦しそうだが旦那さんは確りとした足取りに年季を感じた
彼らは薬師沢でテント泊のあと雲ノ平に行って泊まる計画なのだが、雨が止まない様なら引き上げるらしい、私も同じ覚悟ですよと言うと、こんな天気でも滅多に来れないから仕方ないよね、と言っていた
登山道は途中から石がひき詰められた歩き易い道に変わり、晴れていれば景色が良さそうな稜線の道を進む様になった
歩き始めて約4時間後、暫く手入れをしていなかった雨具から雨が染みてきてずぶ濡れになっていたので太郎平小屋が見えた時には正直ほっとした
小屋に着くと相前後して歩いてきたご夫婦は今夜はテント泊を諦めて小屋泊まりするらしく、私もこれに賛同してあっさり素泊まりの手続きをする事にした
太郎平小屋
太郎平小屋に入ると到着したお客さんから滴る水滴で濡れた床を一生懸命拭いている人がいた、小屋のご主人らしい
このご主人は床を拭きながら乾燥室を案内してくれたり、若い従業員に私の寝床や自炊する部屋の案内を指示してくれたり、とても親切で気持ちの良い応対だったので、この小屋がいっぺんに好きになった
広い小屋の食堂
案内されたのは上下2段の寝床の下の部分で、壁には細長い小窓がついていて目の前に太郎山が見えた
この雨にしては泊り客が多い感じがしたが、まだ空いている部分も多く、布団1枚に一人分のスペースが貰えたのはラッキーだった
濡れた装備を乾燥室に干したり、荷物の整理をしていると外が晴れたらしく騒がしくなってきた
外に出てみると、目の前に雄大な薬師岳がその姿を見せていて、急いでカメラで撮影する
既に多くの人が小屋の前のベンチでビールを飲んだり話をしたりしていた
山登りでこんな時間帯が最もノンビリして幸せな時かもしれない
自分も雨上がりの微風に吹かれてビールを飲みながら景色を楽しみ、久しぶりに重荷を背負って登り切ったあとの満足感に浸った
雨が止んで薬師岳が見えた
北ノ俣岳、黒部五郎岳方面
太郎山
自炊部屋は何組かのグループで賑わっていた
男4人で来たという仲が良さそうなオジサン達は、自分と同様に黒部五郎から雲ノ平方面に周回するらしい
リーダーと思しき人は何度も来ているらしくコースの見所や歩く大変さについてメンバーに説明していたが、自分にも参考になる内容だった
とても仲が良い人たちだったから「仲良し4人組」と呼ぶ事にしよう
隣りに座った比較的若い単独の人はちょっと話し難い感じだったが、声を掛けるとやはり同じ方面を歩く予定らしい
今日は雨だからテント泊の予定を小屋泊に変更したのだが、明日は黒部五郎小舎または三俣山荘まで行って、多少の雨ならテント泊にするんだと言った
自分もテント泊の予定だったから同志を得て心強い気がした
この単独行の人はレンズが二重になっていて外側のレンズを跳ね上げたり下げたりする珍しいメガネを掛けていたので、心の中で「メガネ君」という呼名をつけた
夜になると雷がなり、再び雨が降った
天気予報によると明日の天気は曇ったり晴れたりで夕方は雷雨という内容だったが、何れにしろ可能な限り早出、早着でリスクを避けるのが登山の常道だから今夜も早めに寝る事にしたのだった
昨夜は深夜バスで寝不足だったから、目を閉じたら直ぐに眠りについてしまった
第2話 太郎平小屋→黒部五郎小舎編へ
第3話 黒部五郎小舎→高天原山荘編へ
第4話 高天原山荘→雲ノ平キャンプ場編へ
第5話 雲ノ平キャンプ場→折立編へ
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